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プロローグ -- 本編 12 ・ 3
          番外編 1
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A.1-8

「お、これは早かったな。私の猫舌でも一気飲み出来るくらいにスープも冷めてくれたぞ」
流石に待たせ過ぎたか、ちょっと腹を立てた様子のジルがジトりと目配せをしながら愚痴ってきた。
あらゆる意味で申し訳ない気分ではあるものの、
気が立っているせいか耳をぴょこぴょこと動かしてご飯を目の前にしているジルの姿を見ていると、
「待て」をしている犬の飼い主の気分になる。

「ハウスっ」

しばし痛い空気が流れたが、少し間を置いてリルグが気付いたのか鼻で笑った。
セラはいつものように笑顔だったが、わかっているかと問えば「辛そうだね、それ」と帰ってくるだろう。
聞いても良かったが、流石にこれ以上待たせるのは料理に申し訳ない。
ヒトと料理どっちが大切なのかと問い詰められれば、間違いなくヒトの料理だ。
ヒト料理ではないから要注意。

クスクスと笑っているリルグと眉を寄せているジルを見ながら持ってきたお酒をテーブルに置く。

「や、ごめんごめん。私はちょっと冷めてる方が好きだからね。
カレーとか、熱いと一気にかきこめないじゃない?」

そう言いながら席につく。セラも席について、ようやくご飯という雰囲気になった。
それぞれ箸を持ち、思い思いに「いただきます」に該当する言葉を言って食事に手を付けた。

まずはセラとリルグの作ったハンバーグから手を付けることにする。
それなりに時間は経ってはいたがまだ湯気は消えてはいなかった。
箸で半分に割り、半分になったハンバーグを更に半分に割る。
前にリドが「食べ物を半分にし続けていけばずっと食べ続けられるな」と言って、
それを頭良いなって思っていたことを思い出した。
少し悲しくなったが、一口サイズになったところで口に運ぶ。

まだ暖かい。それが第一の感想だった。
そして、次に思ったのは辛い。胡椒か、これ。
私が眉をひそめるのを待っていたかのようにセラが得意満面の笑みをこちらに向けた。

「隠し味だよっ。この前ウィーに貰ったんだ。えっと、何て言ったっけ」

「おい、もしかしてあれを使ったのか?」
やけに焦っている様子のジル。

「あれ、って?」ジルを見て少し不安に駆られたので聞いてみる。
「リア姉さんは聞いたことないですか?うちの生物科学研究室、
通称、生科研の噂」リルグが口を開く。

私が首を傾げていると、みんな揃って驚いた顔をした。
この3人よりここにいる時間はずっと長いというのに、
実際にそんな噂を聞いたことは1度もなかった。
そこまで有名なものなら耳に入ってきてもおかしくはないと思うのだが。

「姉さんが前に飲んでた、お米から作ったお酒も生科研が作ったものですよ」

「へぇ、そうだったんだ。それなら良いじゃない。
あんな美味しいものを作ってくれるんなら私はいくらでも応援したいけど」
そう言って、再びハンバーグを一口、ご飯もかきこむ。
胡椒の辛さとソースの兼ね合いが絶妙だ。

「姉さんはハズレを引いたことがないんですか?
生科研の恐ろしさはハズレにこそあるんですから」

「1ヶ月前くらいになるが、リアは私が3日部屋から出てこなかった時のことを覚えているか?」

「正確には出てこられなかった、だけどね」
笑いを堪えながらセラが言う。

「あれは悲惨だったよなぁ。見ている分には最高だったんだけど」
同じく笑いながらリルグが言う。

「お前ら、笑い事じゃないっ。何で私があんな恥ずかしい目に合わねばならんのだっ。
私が何か悪いことをしたか?その日はただ暇だったから、
飼ってる猫を放して遊ばせてあげてただけっていうのに」

「それがクロエの部屋に入ったから問題になったんだって」

「クロエって、あの生真面目変態眼鏡のクロエ?あいつ生科研だったの?」
少し引っ掛かったので、素直に聞いてみる。

「ええ、クロエさんは生科研の局長ですよ。……姉さん、どうしました?」

私は素直に驚いていた。
クロエ・オーヴァスタは私の幼なじみだったし、あいつのあの性格からして、
こういった組織に属すことは有り得ないと思っていたからだ。
小さい頃からいつも一人で、そのくせして何故かいつも楽しそうな顔をしていた覚えがある。
友人たちとグループで遊んでいた私には彼のことがわからなかった。

何故一人で平気でいられるの?
何故一人でそんなに楽しそうなの?

いつもそう問いたかったけど、異端視されていた彼と話すことは当時の私には出来なかった。
グループから外されることが、みんなの基準からズレることが怖かったのだ。

「あ、いや、何でもない。ただ、聞いたことのある名前だったから少し驚いただけ」

「おや、リア。クロエ狙いか?」口の右端を少し上げてジルが意味ありげな視線を送ってくる。
さっきの仕返しかもしれない。いや、私は見て楽しんでた以外は何もしていないハズだが。

「クロエってカッコイイもんね。リルグに負けず劣らずってとこだし」
ねー、とリルグに微笑みかけるセラ。

格好良い……。となると、私の幼なじみのあのクロエとは別人かもしれない。
綺麗な金髪のくせにいつもボサボサで、伸ばし放題だったのだから。

「あー、今はジルほど元気良くないからね。
というか、まずクロエがどんな奴か見てみないことには何とも言えないかな」

まぁ、あのクロエだったところで何が起こるわけでもなし、別に関心はない。
自分でも冷めているとは思うが、正直なところ今は誰かと一緒にいたいという願望はない。
誰かと一緒にいたい時だけ誰かと一緒にいて、楽しくやりたいっていうのが本音だ。
誰か一緒にいると摩擦で熱くなりすぎてしまう。
ラジエータの調子がいつも悪い私には辛いことになってしまうから。
料理のバイキング形式みたいに好きなところだけ摘んで食べられたら良いのに。→次へ